彼は何の前触れもなく現れる
仕事中ふと横を見るとそこにいる。
「あ～いたいた！」
そう言って満面の笑みを浮かべ
ポケットに詰められたお菓子を鷲掴みにして渡してくれる。

彼は配送業者の運転手
私がこの仕事を始めたばかりの頃
数ヶ月だけ荷物の配送をお願いしていました
それ以来、事あるごとにお菓子や配送先で頂いたお弁当を
くれるようになり、とても親切にしてくれます。

当時、慣れない仕事で気持ちに余裕がなく特別に話をした記憶もないのですが
なぜここまで気をつかってくれるのか正直わかりません。
作業場が変わっても、どこからともなく現れ
リフトに乗っていてふとミラーを見ると彼が立っている
（もちろん笑顔で）手にはお菓子を握りしめて
「今日は近くまで来たから」
そう言って風のように去っていく
周りから「そのうち告白されるんじゃないか？」
と笑いのネタになったりしましたが本当に有難いと思っています。

ただ、ビニール袋に入った小さなパンをもらったとき
「それ、手作りかも？」
と言われ一瞬手が止まってしまいましたが・・・

彼は細かな気配りも忘れません
始めの頃、チョコやクッキーだったお菓子が
最近では私の年齢を考えてのことでしょう
最中やまんじゅうなど和菓子に変わっています。
が、作業に追われながらの最中はとても危険
食べた瞬間、皮が口の中にへばりつき、あわや窒息死
中には餅入りといった極めて殺傷能力の高いものまで
やはり和菓子は落ち着いてお茶を飲みながらおいしく頂きたいものです。

これからも彼は笑顔で現れてくれるでしょう
思えば真顔の彼を見たことがありません
まるで笑顔の仮面をつけているかのよう
彼も人に言えない悩みや苦労を抱えているかもしれない
多少なりとも人は皆、心に闇を持っているものですが
それを他人が簡単に推し量ることなど出来ません。

ただ、気持ちが沈んでいる時でも彼に笑顔で話しかけられて
こちらも笑顔で答えているうちに、いつの間にか気持ちが軽くなっている。
彼は笑顔や笑いに秘められた薬に勝るとも劣らない力を理解している
すごい人なのかもしれません。
長谷部